そもそも始まりはダンディーヒルのヴァレリーとのことでした。私と彼女は親しく、ほとんどのシェルティーを一緒に所有し、一緒にブリードしたのです。ラルフィーの母犬(チャーム)も一緒に所有した犬の一匹でした。私たちはハナロアホームランが気に入っており、チャームと交配することに決めました。
チャームはまずヴァレリーのところで出産し、私たちはそれぞれオスを自分たちに残すことにしました。それがホームベースとダンディーラブオフゲームでした。二回目のお産はうちでしたのですが、その子犬からはそれぞれ一匹ずつメスを残しました。それが、タラヒルワイルドローズとダンディカントリーメモリーでした。
初めてのお産の子犬達が8週間になったとき、ヴァレリーは二匹のオスをうちに連れてきました。彼女が派手な子をとり、私が地味な子をとりました。
私と夫は男の子をラルフィーと名付けようと冗談まぎれによく話していました。それで、夫はオスの子犬ができると、「ラルフィーにしよう」と言っていました。私は相手ににせず、他の名前ばかりつけていました。ヴァレリーは持ってきた子犬を夫の膝に乗せて「はい、これがあなたのよ」と言ったとき、夫はいつものように、「じゃ、ラルフィーにしよう」と言い、そのときばかりは夫は譲りませんでした。始め、私はあまり好きではなかったのですが、そのうちラルフィーという名はぴったりだと思うようになりました。
ラルフィーは実際、夫の犬でした。これまでシェルティーを飼った中で夫の所有はバートリンリプタイドとホームベースの二匹だけだったのですから。
ラルフィーは一緒に住むにしても、ショーに出すにしても本当にいい子でした。14.25 インチの美しく、健康な子で、気質がよく、ショーリングでの存在感もあり、私の自慢の子でした。始めの何ポイントかは私がハンドラーとしてショーにだしました。けれどもほとんどは経験あるハンドラーであり私の友人でもあるデニスハインズが引いてくれました。最後のポイントはセンディマックヴォイが引いてくれました。ブリーダージャッジからもオールブリードジャッジからも認められ、あっというまに完成しました。
今、私はラルフィーと交配してくれたメス犬の人たちに感謝の気持ちでいっぱいです。おかげで、ラルフィーは多くのチャンピオンの子を残す事ができたのですから。
ラルフィーが5歳のときに夫がなくなりました。まもなくして、ラルフィーは日本に渡りました。美しいシルバーシオンのシェルティーに加わることで、日本でもチャンピオンの子ども達を残す事ができております。
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